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「食べるということ」

【摂食嚥下障害看護領域】    愛知県立がんセンター病院    青山寿昭さん
青山寿昭さん 看護師16年目、摂食・嚥下障害看護認定看護師をしています。飲み食いが好きで、摂食・嚥下に興味を持ったのは8年ほど前でした。 平成18年に人の勧めで認定看護師になりました。勤務先は愛知県がんセンター中央病院で主にがん患者への嚥下障害に関わっています。
Vol.5  2010年1月 「舌ってどんな奴だろ?」
舌は皆さんよく知っていますよね。鏡の前で思いっきり突出させるとのどの奥まで続きます。ではどこまでが舌なのでしょうか?舌は一般的には可動部舌と舌根に分けられます。可動部舌を一般的には舌といい、舌根は中咽頭に分類されます。可動部舌と舌根を分けるのは有郭乳頭という部分(思いっきり挺舌したときに見えるブツブツ)で区切られます。時々有郭乳頭を腫瘍と間違う人もいるそうです。

舌はいったい何をするところなのでしょう?舌の役割は知っている人は多いと思います。食べることが大好きな僕が一番に思いつくのは味を感じるところです。味には一般的に甘味・酸味・塩味・苦味・うま味の5種類があると言われており、味蕾細胞で感じるのはよく知られています。しかし、味蕾細胞に味の粒子を運ぶのは液体であることはあまり知られていないのではないでしょうか。口腔内の乾燥によって液体が少ない口腔では味を感じにくいというわけです。例えばカステラなどパサついた物は咀嚼をしているうちに味を感じるようになりますよね。それは咀嚼しているうちに唾液が分泌され、唾液により味が味蕾細胞に運ばれるからです。「辛さ」というのは塩味の「塩っ辛い」ですが、僕の苦手な唐辛子はどうなのでしょうか?味は味蕾で感じるのですが「辛さ」は味蕾では感じていないそうです。唐辛子の「辛さ」は痛み刺激だという話を聞いたことがあります。たしかに食べた後に口腔内全体がヒリヒリしますよね。

その他に思いつく役割のは言葉を作ることでしょうか。舌がないと言葉が通じにくくなりますね。実際に気にして発音をしてみるとほとんどの音に関わっていることが分かります。その中でも特に「タ」「ラ」行は舌尖音「カ」行は舌根音で有名です。前回の口唇音「パ」を含めると「パ・タ・カ・ラ」となり、皆さんがよく知っている舌口唇を訓練する「パタカラ体操」が良いと言われる理由です。

嚥下で考えると舌は咀嚼や送り込みに関っています。もちろん咀嚼には舌の働きが重要になります、舌と下顎の運動によって飲み込みやすい形にする(食塊形成)と思っている人が多いように感じます。実際は頬の運動も重要になります。舌で歯の上に食べ物を置き、頬で口腔前庭に落ちないようにして噛みます。僕はよく口の中を噛みますが、皆さんも噛んで痛い思いをしたことがあるのではないかと思います。それは頬が動いている証拠で、舌・下顎・頬の運動のタイミングがずれた場合に起ります。僕はお酒で酔っ払った時によく口の中を噛むのでしょう、翌日はよく頬が痛みます。「送り込み」とは食べ物を咀嚼により飲み込む状態にしたもの(食塊)を咽頭に送り込むことを言います。咀嚼時には咽頭に流れないように舌根が挙上している状態ですが、送り込むときは舌根が下がり舌尖が挙上する形になります。そして舌尖から舌根にかけて順に口蓋に密着して食塊を咽頭に送り込みます。咀嚼・送り込みの運動は共に前項で述べましたが、舌のみではなく口唇の閉鎖も大きく影響することを忘れないでください。

舌の運動は舌下神経が支配し、知覚は三叉神経由来の舌神経が支配しています。特殊感覚の味覚は顔面神経由来だと言われています。舌運動の麻痺を評価する場合、舌の運動時の偏移や安静時の偏移を見ます。一般的には挺舌時には麻痺側に変位し(写真1)、安静時には健側に変位します(写真2)。その他には上述の「タ」行や「カ」行などの構音も観察が必要です。
僕の勤務する病院では舌の手術をする人が少なくありません。手術後の人たちがどの程度の食事を摂取できているのかを調べたことがあります。手術をして退院することはほとんどの患者さんがミキサー食を食べています。僕は病棟勤務のため外来の様子はあまり詳しく知りませんでしたので、ほとんどの方がミキサー食のままではないかと思っておりました。しかし、固形物を摂取している人がほとんどでした。舌を半分以上切除しているため固形物はあまり食べることができないと思っていましたので意外な結果でした。味も全員が感じるようで満足度も高かったことを覚えています。

以前、舌半側切除術後に嚥下訓練を全く行う気がない患者さんがみえました。直接訓練(食物を用いた訓練)に到達するまで通常の何倍か時間がかかりましたが、食物を口に入れた時には嬉しそうな顔をしていました。その後は順調に訓練が進んで退院したのを覚えています。味を感じて「食べたい」と思うのは重要な事ですね。対して、術後の放射線療法で味を感じなくなってしまった患者さんは「味がしないから食べたくない」と言われ、嚥下訓練が進まなくなることもよくあります。味を感じるというのは「食べたい」の源になりますから訓練へのやる気を持つための重要な要因ですね。

人は空腹を感じ、食事を口にします。その口にした食事の味で「食べたい」「食べたくない」という感覚を感じます。味は食事の摂取に大きく関わり、食欲にも影響します。言葉・味・嚥下に関わる重要な舌、僕は舌苔がつきやすいので舌ブラシできれいに清拭して大切に扱いたいと思います。

写真1

写真2